ノラ達の最期の言葉

2006年から沖縄で野良猫のTNR活動を行っております。

TNR

吉原のノラ子達を保護をしてから、TNR対策について、振り返り考えています。

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確かに、ノラ子達の避妊去勢手術は繁殖を制限すること、また殺処分される猫を減らすことに、必要なことです。

これは、人間社会のエゴ極まりない行為と、私自身は常に心にありますが。。


産まれなくすることが、殺処分を減らす手立ての一つの方法なんでしょう。


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吉原で、お腹に五匹の赤ちゃんを宿したみぃちゃん。堕胎させました。


現在は、シェルターにいます。

自然の摂理では、私とみぃちゃんが出会わなければ五匹の仔猫は産まれていたでしょう。。その摂理をねじ曲げたのは人間社会。

そう。。私。

私と出逢わなければ、五匹の天使は地上に生まれ出た。

みぃちゃんへの償いは、シェルターで何不自由なく生きて行くこと。。



ボランティアにも、ノラ子達の避妊去勢手術、TNRに対してあまり意識の行かない人間もいるので、これが心配です。


TNRをしたと言うことは、とても責任の問われる事象であり、TNRを行った方や委託して避妊去勢手術を行った方は、その一匹一匹を、終生、息を引き取るまでお世話をして欲しい。。。

これは、難しいことなんですが。。私自身も、居なくなってしまったノラ子達が数匹いますのでね。。



けど一つ思うこと。

ノラ子へのTNRは、縁の始まりであり終生見届けるくらいのお気持ちで、実践して欲しい。

避妊去勢さえすれば良いってもんじゃない。

生き物への避妊去勢手術。それは、生態系の摂理を人間社会のためにねじ曲げ、逆らって行う行為ですから、TNRを行う前に、人間として生まれた自身に置き換えて考えてから、行動して欲しい。

その子を一生涯、お世話するくらいのお気持ちで、行動して欲しい。

何だか、支離滅裂な記事になりました。

うまく、伝わらないかも。